あるシステム開発会社に勤めている会社員は、自分でも副業としてシステム開発に取り組んでいる。
ある日、個人的に仲良くしている会社のクライアントに、自分が副業でもシステム開発をやっていることを伝えると、クライアントから「システム開発案件を会社ではなく、あなたに副業としてお願いしたい」と言われた。
この仕事を請けることにに法律上の問題はあるのか。
従業員が負う「競業避止義務」とは?
どのような場合に競業避止義務を負うのか
従業員は、在職中、就業規則に規定があれば当然のこと、就業規則に競業避止義務が規定されていない場合においても信義則上、会社と競業する業務を行ってはならないとされています。
また、退職後についても一定の条件のもとで元々勤めていた会社に対して競業避止義務を負う可能性があります。
その条件とは、明確に法律で定められているわけではありませんが、裁判例などによれば
- 就業規則等で合意されていること
- 競業避止義務の生じる期間が定められていること(1~5年程度)
- 地域・対象職種・代償措置の有無
- 営業秘密の利用の有無
などといった要素の有無によって、競業避止義務が認められるかが決められます。
退職後においては、従業員の有する「職業選択の自由」という憲法上の権利との兼ね合いがあるため、就業規則で定められていれば直ちに競業避止義務が認められるということにはならないのです。
そもそも競業関係とは何か
競業関係にある場合とは、会社が実際にその事業として行っている取引と目的物と市場が競合する場合を言います。
今回の事案でいえば、会社が行っている事業はシステム開発です。もっとも、システムの種類も多々あるかと思いますので、仮に会社が例えば「警備システム」のみの開発を行う会社である場合には、競業となる事業はもっぱら「警備システム」の開発であり、その他のシステム開発は競業とならないと考えることもできると思います。
本件ではどうなるのか
本件を見ると、この会社員は在職中に会社の取引先から仕事を受けようとしています。そして、上述したところによれば、従業員は在職中、就業規則等の定めによらず一般的に会社に対して競業避止義務を負います。
また、クライアントの「会社ではなく、あなたに」という発言からすると、業務の内容は会社が業務として行っているシステム開発であり、この会社員が副業で仕事を請けなければ、この発注は会社に行っていた可能性が高そうです。つまり、会社の事業と会社員の副業は市場が被っている競業にあたりそうです。
したがって、このクライアントから仕事を請けることは競業避止義務違反として、懲戒処分を受ける可能性があります。
また、そもそもこの会社員が普段から副業として会社の事業と同内容のシステム開発を副業としていること自体が競業避止義務違反として懲戒処分の対象とされる恐れもありそうです。
競業避止義務に違反するとどうなる
会社に対して損害賠償責任を負う
まず、民事上の責任として会社に対して損害賠償責任を負う可能性があります。
すなわち、競業が、会社の事業と市場が被っていることをいうことから、競業事業を行うことによって、本来会社が得ていた利益を従業員が奪っている可能性があり、本来得られた可能性がある利益分について損害賠償責任を負う可能性があるのです。
今回の件についてみると、会社員が、会社のクライアントと取引をすることによって、会社にとってみれば、クライアントをひとつ失ったことになります。
したがって、そのクライアントとの過去の取引実績等に照らして、損害分の賠償を求められる可能性があります。
懲戒処分も有り得る
また、競業避止義務違反によって懲戒処分を受ける可能性があります。過去の裁判例では、在籍中の競業避止義務違反を理由とする懲戒解雇が有効とされた例もあります。
競業防止義務の存在を踏まえる
副業を始める場合、本業で培ったノウハウや技術を活かしたいと考えるのは当然のことですが、少なくとも在職中は、会社の利益のために働く義務があるということは忘れてはなりません。
ノウハウ、技術を生かすにせよ、競業避止義務の存在を踏まえ、会社と市場が被らない事業内容で副業を行うことが重要です。
【執筆者】
楠瀬 健太(くすのせ けんた)
中央大学法学部を卒業後、一橋大学法科大学院を経て、弁護士に。神奈川県下最大規模の弁護士数を誇る横浜綜合法律事務所に所属。労働問題を始めとする民事全般 から刑事事件まで幅広く取り扱っております。難しく思える法律をできる限り分かりやすくお伝えいたします。
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横浜綜合法律事務所