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私は損保会社から依頼を受けて、交通事故や火災事故等の事故原因や事故状況を調査する仕事に約３０年携わっていますが、この３０年間に色々な珍しい事故を調査した経験があります。
その内で印象深い事故の内の１件を記してみます。

約２０年前なのですが、関西圏の人口５万人ほどの地方田園都市（○○市）での事故で、当時３５才の男性（Ａさん）が自家用車での帰宅途中で行方不明になり、奥さんが執念で１週間後にＡさんと車を探し当てたという事故でした。

Ａさんが私の取引先である保険会社（△△保険）と自動車任意保険を契約していた事から、事故後にＡさんの奥さんから保険金請求があったのですが、事故原因、事故状況の詳細が不明であったので。△△保険の○○市担当の出先センターから調査依頼があったのです。

同センターの担当者が奥さんから事情聴取した内容は以下の通りでした。
当時Ａさんは同市内の町外れで焼き鳥屋を営んでいたのですが、同じ市内の自宅と店の通勤には契約していた小型乗用車を使用しておりました。
店は深夜まで営業していたのですが、或る冬の日にＡさんが帰宅時刻になっても帰宅しなかったので、心配した奥さんが心当たりに電話をしてみたのですが行方は全く分かりませんでした。
Ａさんは、奥さんに無断で外泊する人ではなかったので、帰宅途中に事故に遭ったと思ったのです。
それで明るくなってから所轄の警察に捜索願いを出すと共に、自身でも近郊の山道や河川道路などを探してみましたが発見できませんでした。

行方不明になって１週間目に、奥さんが○○市内の道路沿いにある大きな溜め池の金編フェンスの下部に大きな穴が開いているのを発見し、Ａさんが運転を誤ってこのフェンスを突き破って池に転落したものと確信したのです。
この池は水深が深い為か道路からは水中の車の影は全く見えませんでしたが、奥さんは警察に水中の捜索を要請したのです。
フェンス穴の手前にはタイヤスリップ痕は残されておらず、当初警察はフェンス穴に付いては通行車の当て逃げに因るものと判断していた為に水中捜査には消極的でした。
それでも警察が水中捜査を行ったところ、奥さんの予測通りにＡさんの車が発見されたのです。
警察が車を引き上げたところ車内には男性２名の遺体があり、２名の運転免許証から一方はＡさんで、もう一方は市内の建設会社に勤務する土木作業員（Ｂさん ５０才）であると特定されたのです。

私も事故現場に行き確認したのですが、フェンスは菱形の金網タイプで高さは約３ｍで、フェンスの下部に１.５ｍ×１.５ｍの穴が開いておりました。
道路には歩道が無く、またフェンス下部には基礎コンクリートも無く、フェンスの支柱用の四角形の基礎があるだけの状態でした。
従って、フェンスは歩行者の転落防止用として設計されており、車の転落は想定していなかったようです。
ですから車道からフェンスまでには段差が無く、車はフェンスに直接衝突しておりました。
穴は支柱と支柱との丁度中間に開いており、もし支柱に衝突していたら転落は免れたかも知れないと思われました。
現場にタイヤスリップ痕が認められなかった事から、事故原因は運転者の居眠り運転だったのだろうとその時点では推測されました。

現場確認後に所轄警察署の交通事故係を訪問して担当官から以下のように聴取しました。
発見時、死亡者２名は共にシートベルトをしておらず、水没後に車内で浮遊していた為にどちらが運転していたのかが不明であった。
警察としては運転していた者を加害者として特定する必要があり、現在、科捜研に依頼してハンドルの指紋を採取してどちらが運転していたかを判断する事になっているが、結果が出るまでには約１ヶ月を要する見込みである。
Ｂさんは市内の建設会社の従業員であるが他府県の出身で身寄りがなく、同建設会社の寮に入所していた。
従って同社の社長に遺体の本人確認を行ってもらった。
同社長の話しでは、Ｂさんは勤務明けによくＡさんの店に通っていたようであった。
私が「両遺体は司法解剖したのですか？　血液からアルコールは検出されたのですか？」と確認したところ「解剖した結果、両名からアルコールが検出された。」との説明があり「事故原因は、飲酒運転か或いは居眠り運転ですか？」と尋ねたところ「その可能性が大きい。」との回答でした。
「後日、科捜研の捜査結果が出たら教えて下さい。」と依頼して担当官の了解を得ておきました。

また、Ｂさんの勤務先の会社名と所在地、電話番号を教えてもらったので、警察署を辞した後すぐに同社に連絡したところたまたま社長が在席しており、面談を求めたところ了解を得たのでその足で同社を訪問して社長から以下のように聴取しました。
Ｂさんは当社が雇用していた土木作業員で、当社の寮に他の作業員３名と一緒に住んでいました。
Ｂさんはとても酒好きで、Ａさんの店にはよく通って酒を飲んでいたようです。
また客足が途絶えて早めに店を閉めた時には、二人で一緒に市内に何軒かあるスナックに行っていたようですから、事故のあった日もスナックに行く途中か、或いはスナックに行った後にＢさんを寮まで送って行く途中の事故だったのでしょう。
警察の要請でＢさんの本人確認は私が行いましたが、冬の時期の冷たい水中で死亡していたので腐敗は進んでおらず、顔面には衝突時の傷痕が残ってはいましたが、穏やかな表情でした。
酒好きだったＢさんは酔った状態のまま、あの世に行けたのですから本望だったと思いますよ。
だから、私が本人確認した時には何だか微笑んでいるように見えましたよ、まあこれは冗談ですが。

１ヶ月後に警察担当官に科捜研の捜査結果を確認したところ「ハンドルの一番新鮮な指紋はＡさんのもので、Ｂさんの指紋は検出されませんでしたから、運転していたのはＡさんであると断定しました。」との回答でした。

以上の通り、事故そのものは悲惨な事故ですが、１週間も行方知れずになっていた夫を妻が愛と執念を持って探し当てたというある種感動的な事故でした。