長い翼を持ち、大空を滑空するグライダーをご存知ですか。
グライダーは長い翼が特徴的な航空機の一種です。エンジンがなくても空を滑るように飛び、上昇気流をうまくつかまえれば何時間でも、何百キロでも飛ぶことができます。
日本では、まだまだマイナーですが、ヨーロッパ各国やアメリカ、オーストラリアなど、世界中に愛好者がいるスカイスポーツです。
この世界選手権に出場を続けている丸山毅さん(46)は、普段はIT企業に勤めるサラリーマン。
仕事と夢の両立は大変そうに見えますが、丸山さんは淡々と「やりたいことをやっているだけ」と自分の道を歩み続けています。
今年の夏には自身、4度目となる世界選手権出場を控える丸山さん。
サラリーマンパイロットとして、世界に挑む丸山さんのマインドに迫ってみました。
入社して1年目で海外の大会に出場
―どうしてグライダーを始められたのですか?
大学のクラブ活動として始めたのがきっかけです。
もともとは飛行機を作る方面に興味があったのですが、体験搭乗をしてみたら、自分で飛ぶ方が楽しくなりました。
―大学時代には学生選手権で優勝もされていますね。
クラブの目標としては、当然、学生選手権で優勝することでした。
でも、自分の中では、もっと自由に山の上を飛ぶとか、遠くへ飛んでいきたい、という思いがありました。大学を卒業したら、大多数はグライダーを辞めてしまうのですが、僕は卒業後、更に遠くに飛ぶことを、ずっとイメージしていました。
(日本グライダークラブ グライダー紹介ビデオ)
―大学院を出て就職し、その半年後にはオーストラリアの大会に出られたとか。
はい。就職して1年目の夏休みにオーストラリアの小さな大会に出ました。
―入社してすぐですよね。
普通の人だと会社に慣れるのに精いっぱいの時期かと… そもそも、会社に慣れなくちゃ、みたいなことはあまり考えていなかったかもしれません(笑)。
夏休みは3日間だったので、有給に前後の土日をくっつけて1週間にしたら何とか出場できるかな、って。
―休暇については寛容な会社だったんですか?
夏休みについては決められた日程ではなく、7月から9月までの期間中、自分で好きな取得時期を選べるというシステムでした。
休みの取りやすさって、社風とか会社の文化によりますよね。僕の場合は就職活動をするとき、まわりで社会人になってもグライダーを続けている人が2人いて、どういう会社に勤めているのか見てみたら、2人とも外資系IT会社の人でした。
それで同じような会社だとグライダーを続けやすいのかな、と思って何社か調べ、就職活動をしていました。
今の若い皆さんと違って、20年前の新卒の就職活動なんてそんなもんですね(笑)
―ちなみに、今年もチェコでの世界選手権に出場を予定しているそうですが、お休みは確保されているのでしょうか。
今の会社は2社目ですが、働き方の自由度は高い会社だと思います。有給休暇とボランティア休暇を組み合わせて出場する予定です。
できるときに、最大限のチャレンジを
―世界選手権に出るようになったのはいつからですか。
初めて出場したのは20代後半。1999年、ドイツで開かれた世界選手権でした。
実はこんなに早く出場するつもりは無くて、当時の先輩からの強い後押しにより出場しました。あのとき、背中を押してもらったことに感謝しています。
―9年後の2008年、再びドイツで開かれた世界選手権に出ていますよね。少し年月が経ってから、再び世界選手権に出たのはどうしてですか?
最初の世界選手権に出たあとは結婚もしたし、30代前半は仕事にまい進していました。
でも、社会では不況によるリストラが続いているし、自分自身も親の突然死などを経験して…。
結局、人生には、自分がいくら頑張ってもどうしようもできないことが起こります。親の死を通して「人の命って短い」ということも実感しました。
じゃあ、自分の人生でやりたい事って何だろう。そう考えたときに、僕はもっともっとグライダーを上手くなりたい、と思いました。
だったら、できるときに最大限チャレンジした方がいいはず。
そう考えて、再び世界選手権に挑戦し始めました。
まあでも、子どもがいたら、自分たちの好きなことばかりやっているわけにはいかなかったでしょうね。
子どもができなかったことをポジティブにとらえて、自分の時間をグライダーに投入して、そこで得られたことをグライダースポーツ発展のためにフィードバックできるのならいいじゃないか、と考えるようになったのも大きかったと思います。
―2014年の世界選手権出場にあたっては、大会中の運航サポートを行うクルーのほか、広報や財務分野で専門スキルのある方々も含めてチームを結成し、「TEAM MARU」として活動を始めましたよね。
国によってはナショナルチームが組織され、勝つためのサポート体制がしっかり取られています。でも日本にはそのような支援がなく、国代表と言っても、残念ながら、個人的に参加しているような状態です。
当然、何から何まで自分でやるには限界があるし、結果が出ても自分のものにしかならないんじゃないかって…。
そうであれば、いろいろな人の力を借りて自分たちでチームを作り、みんなで目標達成を目指して、その成果をフィードバックすることにトライしてみてはどうだろうか。
そのために、対外的な広報、情報発信などアウトプットを増やしていこう、というふうに舵を切ったのが2013年のことです。
そしてチームとしては、「勝利(世界のトップ10に入ること)」、「普及(グライダースポーツの認知度を上げること)」、そして「育成(若手パイロットを育成すること)」の3つを目標(トリプルミッションモデル)に掲げました。
―前回大会では、チームとしてクラウドファンディングにも挑戦されました。
世界選手権クラスの大会だとかかる経費は、全部含めるとだいたい400万円。このうち、機体のレンタル費用と大会会場までの輸送費として100万円を、クラウドファンディングの目標に掲げました。
おかげさまで120万円を超える支援が集まり、ありがたかったです。
今年の世界選手権では新たなチャレンジとして別の形で支援していただく方法も検討中です。
―スポンサーについてはどうですか?
前回はモンベル、オリンパス、ANAと複数の企業から支援をしていただくことができました。 今回は引き続き、スポンサーをしていただける企業を探していて、良い返事を頂けそうな企業もでてきています。
自分でコントロールできることに集中する
―世界選手権に出場してくる人たちは、世界トップの技術や知識を持ち合わせたような方ですよね。そういう中にあって、勝敗を分ける要因はどういうことだと考えていますか。
グライダー競技の場合、ベースにあるのは、目に見えない空気の動きを感じて空を“読む”技術、機体をコントロールする能力といったところの勝負です。
でも、あとは疲れてきたとき、または、精神的に追い込まれたときでも、淡々と自分のペースを保って、自分の力をだしきれるかどうか、が結果を左右すると思います。
―グライダーは天気に左右されるスポーツだと思うのですが、自然を相手に挑む難しさってありませんか。
あまり気にしてはいないですね。天気のように、「自分でコントロールできないことは気にしない」、というのはほかのスポーツでも同じだと思います。
たとえばマラソン選手なら、大会当日、雨が降っていたら嫌だと思うだろうけれど、天気ばかりは仕方ない。
だからこそ、自分でコントロールできないことに気を取られるのではなく、雨の中ならどういうペース配分で走って、何に気を付けるか…、しっかり考えて集中した方が良いパフォーマンスを出せますよね。
先日、会社でビジネス書のベストセラー『7つの習慣』に書かれていることを実践する人材開発のセミナーがありました。
そのときにも、「自分がコントロールできることに集中する」という話を聞いたので、どのスポーツでも、ビジネスでも、根底にあるものは一緒なんだと思います。
―メンタルが大事ということですね。でも人間、誰しも雑念があるので難しい…。
そこはもう、トレーニングしかないですね。僕の場合は、周囲で起こる色々なことに惑わされず、今、自分ができることに集中しようと、どんなときでも頭が切り替えられるように、日々意識しています。
マインドフルネスのセミナーに参加してみたり、瞑想にも挑戦してみたりもして。
―色々と取り組まれているんですね。
僕は、あがり症で焦ってしまう傾向があるんです。だから、ほかのスポーツ選手がメンタルを鍛えるために、どういうことを実践しているのか、興味があって…。
いろいろなスポーツ選手や指導者の方々の書いた本や、インタビュー記事を読んだり、講演会に行ったりして、役立ちそうなところは何でも取り入れるようにしています。
不思議なことに、何か自分にとってプラスになることはないか、関心を持って暮らしていると、そのときどきで適切な人や本に出会える気がします。
こういう感覚って、「セレンディピティ」とも言うのですが。
やりたいことを実現するために何をすべきか
―サラリーマンをしながら、世界で戦っていくって、大変ではないですか。
ただ自分が面白いと思うことに集中して取り組んでいるだけで、ストイックにやっているつもりはありません。
追い込みすぎると絶対に無理をして限界を超えてしまうので、大変ではない程度にやっています。
―空が舞台のグライダースポーツは、生死に関わる事故がなきにしもあらず、ですよね。安全についてはどう考えていますか。
やっぱり、欲を出しすぎちゃいけないんだろうな、とは肝に銘じています。
結果を出す、と言うことにこだわりすぎると周りが見えなくなり、事故につながるかもしれない。
だから僕は絶対、結果だけに固執せず、自分のやれることを出し切ることに集中し、安全第一でやっています。
―じゃあ、今年の世界選手権にかけている、というようなこともないんですね。
ないですね、ある意味、全然。その次の世界選手権も、また行こうと思っているぐらい(笑) 自分が成長を感じられる限りは、挑戦を続けていきたいです。
―競技会への挑戦以外にも、所属する日本グライダークラブや、国内のグライダースポーツ全体を統括する日本滑空協会で理事を務めていますよね。本当に、お忙しいですね…。
はい。でも、このような活動は義務感でやっているのではなく、やっぱり面白いからやっているだけです。
たとえば、日本グライダークラブのHPをリニューアルして、SNSで情報発信を増やしたら、今は毎月、入会者がいます。しかも14ヶ月連続。
一昨年は、年間でたった3人しか入会者がいなくて、ホント絶望的だったのに…。
良い結果が出ているので、今度は日本滑空協会の情報発信についても改革を進めているところです。
ほかにも積極的に若手パイロットの育成活動なども行っています。
自分が世界選手権の出場などから得た経験を、グライダースポーツの普及と発展、後進の育成のために使っていくのは僕のミッションなので、これからも力を注いでいくつもりです。
―最後に、サラリーマンで夢を追うことについて、メッセージをお願いします。
僕の場合は、最初の職場も、今の職場も、自分の挑戦を許容してもらえる環境でした。
そのことに感謝して日々、仕事をしているし、職場の人たちにも応援してもらえるのはうれしい。
だから、やりたいことを実現できる環境で働くのは、大事なことだと思います。
一方で、たとえ、やりたいことが仕事に直結していなくても、仕事の中に何か夢の実現につながることはないか探していくと、意外と参考になることはあります。
そう考えれば、毎日が面白くなってきます。
「やりたい」と思う気持ちを原動力にして、挑戦していくにはどうしたらよいのか。
今できることは何なのか。
真剣に考えれば道は開けていくのではないでしょうか。
写真協力:河村 大
取材・文:吉岡名保恵
丸山 毅
早稲田大学入学後、航空部でグライダーを始める。就職後もグライダーを続け、1999年、2008年、2014年の世界選手権に出場。これまでの最高成績は27位。2018年7月28日から8月11日までチェコで開かれる、自身4度目の世界選手権に出場予定。日本滑空協会理事、日本グライダークラブ理事・インストラクター、早稲田大学航空部コーチ。
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