共感を生むプレゼンについて(IVSにて)

2013.12.05

今週はIVS(Infinity Ventures Summit)というIT業界国内最大のカンファレンスに参加していました。

IVS会期中にはLaunch Padという起業家のコンテストがあるのですが、
登壇者のクオリティが本当に高いので毎回楽しみにしています。

私自身2012年春のIVS Launch Padで優勝させていただいたこともあり、
毎回登壇者の数名から事前にプレゼンの相談をされるので出来る限り対応しています。

その中で今回ある登壇者がいらっしゃって、その方は優勝を逃したのですが、
登壇後に私から「プレゼンが流暢過ぎた印象を持ちました」とお話させていただきました。

流暢過ぎて観客が共感しにくかったのでは無いか、と感じたのです。

共感を生むプレゼンにおける日米の違い

TEDとかYoutubeなどでアメリカのプレゼンテーションをよく見るのですが、
アメリカにおける共感を生むプレゼンは、
まず洗練されていることが前提になっている気がします。
オバマ大統領のプレゼンなどはその最もたるものですよね。

それに対して、日本で共感を生むプレゼンには
どこかある種の未熟さが含まれていることが必要な気がしています。

ある種の未熟さとは、熱意はあるんだけどどこかちょっとたどたどしいとか、
そんなイメージが共感を生みやすい。
アイドルはあまり詳しくないのですが、ももクロとかにちょっと近い気がします。

「プレゼンが上手ですね」は危険信号

私自身20代の終わり頃、外資にいて死ぬほど営業を毎日しまくっていた時期がありました。
年間で1000を超える企業にプレゼンをし続ける毎日。
その中で着実に実績を上げて、営業に自信が生まれてきたある訪問先での話です。

訪問先の社長さんにひと通り営業が終わった後に、
「吉田さんはプレゼンが上手ですね」
と言われました。

普通に考えると褒めてもらったように感じると思うのですが
その場ではなにか違和感がある褒め方で、結局ご契約も頂けませんでした。

その時に思ったのです。
私はいつの間にか「プレゼンが上手であること」が目的になってしまっていた、と。

本当の目的はご契約を頂いて、サービスを提供して満足して頂くことのはずです。

その社長さんは、私がプレゼンそのものの完成度に目が行っていて、
話し相手に関心を向けていないことに気づいたのだと感じました。

それ以来「プレゼンが上手ですね」「営業が上手いですね」は、危険信号だと思うようにしています。
上手くなくて良い、多少たどたどしくても良いから共感をしてもらうことのほうが大切です。

会場を観察して、開始寸前まで資料を作り込み続ける

現在の私は、同じ内容のプレゼンでも毎回ぎりぎりまで資料の作りこみや変更を続けます。

それはその瞬間ごとに、その場面ごとに、そしてその相手によって響く内容が違うと思っているからです。

IVS Launch Padでも自分のプレゼン開始5分前でその会場から感じるものがあり、
それまで入れていたスライド数枚を削除して臨みました。

例えば、前の人のプレゼンで会場が盛り上がっている状況で臨めるのか、
それとも若干盛り上がっていないので自分の番で盛り上げる必要があるのか、などは毎回違います。
通常の講演でも同様で観客がリラックスしているのか、若干緊張しているのかなども状況が異なります。

一つとして同じ会場は無いはずです。

「慣れ」を排除して、毎回新しい気持ちで登壇する。

その会場や観客の雰囲気に集中して、本当に何が響くのかを考え続け、資料の作りこみをすることで、
プレゼンに「慣れ」を作らない。「慣れ」が無いことで毎回違う状況なので集中力が高まります。

そういう意味では、今回のLaunch Padでは何人か登壇者に「慣れ」を感じました。

「慣れ」は、例えば他のコンテストで使った資料とプレゼンを今回またやるだけだ、
とかそんな感じの考えです。その「慣れ」は必ず観客に伝わってしまう。

常に目の前の観客に集中して、新しい気持ちで登壇するということが大切だと思います。
もちろん優勝には、ビジネスモデルとか市場性とか熱意とかそういうものも当然必要なのだと思いますが、
プレゼンのやり方について感じたことを書いてみました。

後日追記:こんなブログを書いておきながら、その後のプレゼンでとある方に「割と流暢でしたね、、もう少したどたどしくても良かったかと」と言われました。反省です。人の振り見て我が振り直せの毎日ですね。という自戒を込めて追記。